森と樹木と人間の物語
     − ヨーロッパに伝わる民話・神話を集めて −
浅井治海 著
ISBN4-902410-10-9
■体裁/B6判・491頁    ■価格/2,592円 (本体2,400円+税) 送料380円   ■発行/2006年6月 

刊行のねらい

 人は木や森に特別の郷愁と愛着を抱いている。鎮守の森、楠の大木、霞みのように花咲く桜、ブナの森などに何となく引かれ、それらに対峙す る時、そこに存在するものが心の底にしみ通るような畏敬に満ちた厳粛な気持ちにさせ、時には何かしら身震いを覚える気持ちに浸ることは誰しも同じであろ う。ヨーロッパ人にとってはそれはオークやリンデンバウムなどに対してであった。人間は木に育てられ、木に守られてきたことは古代や中世の神話や伝説に よっても良く理解することができる。
 木への夢想はその中に神秘なものを生み、また心を静める。人間にとって木は調和のとれたもの、そして賢明さの化身である。冬の寒さが地上を支配した時、 木はその葉を失い、長い間休息してより良く過ごし、動物は春まで眠るために地の表から姿を消す。樹液は最早枝を通って循環せず、地面の中に退いて幹の下の 根の先端でなお暖かくしている。木はなお大きな骨格、骨組みのみを持つ。葉を交換する木と保持する木とでは、前者は互いに続く死と誕生のサイクルの、後者 は生命の不死のシンボルであり、それらは個々の生命の二つの状態であるだけである。
 太陽が再び天頂に近付いて行くと、死んだような木は再び生き返る。間もなく鳥たちが再び交尾期の鮮やかな色彩になり、木々は優れた調色の全く新鮮な葉で 覆われ、そして間もなく花が咲き始める。木が自分のために演出するこの演劇は多分それはより以上に内部で演じられ、慎重で秘密に満ちていて、自ら黙って静 かに行う。自然は再びそれがあったようになり、その生命力で最も正直に、すべての現存の形になる。
 最初の生命体は必然的に植物であった。個々の動物は植物なしに生きることができない。植物は地面から水と養分を吸い、太陽エネルギーで酸素を遊離させる 光合成で炭化水素を生産する。木は水を吸い上げ、利用し、余剰分を大気中にばらまき、蒸気は凝縮して雲となり、雨として再び地上に落ちる。木の生んだ葉か ら腐植土が生まれ、再び地と天を結ぶ導管を通って循環する。
 ジャック・ブロスはこの木の生命のプロセスは伝説の世界樹にシンボル化されていると言う。それは一種の精神の在り方を予測するものであり、自然の木は完 全に宇宙の生命を表現しているのではない。植物世界の生命は誕生と死の相互の結果を示しているだけであり、再生、永遠の若さ、健康、不死のイメージである と見られる。
 強力なものは自然の中にあり、尊敬と祝福と共に畏敬をもたらす。山、海、土地は女神となり、多くの農耕民族は自然の循環の中に“天と地”の結婚を考えた。それは豊饒への願いである。
 森を愛したドイツ人の精神的生活は、子供が自分で読むことができる前にイバラ姫、赤頭巾ちゃん、そして白雪姫の不思議な運命について聞いて始まったと エックハルト・ペーターリッチは言う。先祖がルーネ文字を刻んだ以前に、ヴォーダンやドーナル、世界樹(ユグドラシル)、神々と世界の没落について学ん だ。森は先祖の心情が籠もる場所であり、記憶、慣習、国民性、民衆の持つ永遠の知恵と結びついていて、ドイツの森は真正なドイツ文化の発生・発展と繋が り、それは民族的遺産となっている。
 同じ木に対して人々が同じ感覚で接するのではない。筆者はドイツ人のリンデンバウムやオークに抱く感情は、彼らとの多くの触れ合いの中で特有なものがあ ることを何度も教えられた。一方、日本人は桜の花に対して特別の気持ちを抱いていることは良く知られているが、ヨーロツパ人にとってそれは異なる意味を 持っている。また、ギリシア神話で木への変身が多く見られることは、ギリシアにおいて人と木の関係が極めて密接であったことを示している。
 森の破壊が深刻になって、その回復が強く叫ばれている。人間は森に依存して生きてきたことは良く知られている。木や森に関する理解が次第に深くなりつつ あることは大きな喜びである。しかし、この破壊がどのような結果を生むか、そして生んだかについての認識が比較的低い例が見られる。そこで、人間は樹木に どんなかかわり合いを持ってきたのかを考えることから始めた。その抱いて来た樹木への特別の思いを神話や伝説を中心に纏めようとしたのが本書である。しか し、それは著者にはあまりにも大きな課題であり、極めて困難であることはそれに敢えて着手する前から理解していた。また、到底一冊に纏めることは不可能で あることを知った。今回はヨーロッパを中心に、できる範囲内で調査・整理することにし、日本については他の機会に挑戦することにした。ヨーロッパ以外の地 域については知り得た範囲内で付記した。誤解や調査不足による間違いが多々あるであろうことは十分に覚悟している。御指摘を戴ければ幸である。
 この拙著によって少しでも樹木の大切さに関する理解がより深まることを期待したい。

      2006年夏                         著者



 

目  次

  1 ヨーロッパの森
1.1 古代の森 
1.2 森の開墾 
1.3 木材の利用 1

2 運命の木 −世界樹− 
2.1 ユグドラシル 
2.2 永遠の命 
2.3 その他の聖なる木 
2.4 ノルネ 
2.5 人間 

3 聖なる領域?森
3.1 森 
3.2 森の精 
3.3 森の破壊 
3.4 森の掟 

4 樹木の神秘
4.1 アーモンド 
4.2 イチイ 
4.3 イチジク 
4.4 イチョウ 
4.5 糸杉 
4.6 インド菩提樹 
4.7 エニシダ 
4.8 オーク 
4.9 オリーブ 
4.10 カエデ 
4.11 落葉松 
4.12 柑橘類 
4.13 キヅタ 
4.14 銀梅花 
4.15 栗 
4.16 クルミ 
4.17 桑 
4.18 月桂樹 
4.19 サクランボ・桜 
4.20 サンザシ 
4.21 シデ 
4.22 シャクナゲ 
4.23 白樺 
4.24 西洋梨 
4.25 西洋ヒイラギ 
4.26 セコイア 
4.27 トウヒ 
4.28 トネリコ 
4.29 ナツメヤシ 
4.30 ナナカマド 
4.31 ニセアカシア 
4.32 ニレ 
4.33 ニワトコ 
4.34 ハシバミ 
4.35 薔薇 
4.36 ハンノキ 
4.37 ヒマラヤ杉 
4.38 ビャクシン 
4.39 葡萄 
4.40 ブナ 
4.41 プラタナス 
4.42 ポプラ 
4.43 松 
4.44 モミ 
4.45 柳 
4.46 林檎 
4.47 リンデンバウム 
4.48 レバノン杉 
補 樹木を描いた切手
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